もう二度と、同じ悲しみを繰り返さないために
このブログ記事を書かせて頂きます。
まずはじめに
失礼がありましたら申し訳ございません。
亡くなられた少年のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
そして、突然大切なお子さんを失われたご両親のお気持ちを思うと、言葉を失い、どれほど深い悲しみの中におられるかを想像すると、胸が痛みます。
どうか、この悲しみが軽んじられることのないよう、心から哀悼の意を表します。
ワクチン被害者として
私はワクチン健康被害を経験した立場として、強く言いたいことがあります。
このような命の喪失を、「たまたま起きた不幸」で終わらせてはいけません。
被害を受けた人がいるのに、その声が十分に届かず、やがて社会から忘れられていく。
もしそんなことが続くなら、それは二重の被害です。
身体を傷つけられただけでなく、苦しみまでなかったことにされるからです。
ワクチン被害は存在する
いま必要なのは、見て見ぬふりではありません。
必要なのは、真実を見ようとする姿勢です。
必要なのは、被害者の声を「気のせい」や「例外」で片づけないことです。
必要なのは、救済を求める人たちを孤立させず、社会全体で支えることです。
接種後に亡くなった方、体調を崩し、今も日常を取り戻せない方、そしてその家族がいます。
その現実がある以上、「安全だったはず」「問題はないはず」という言葉だけで終わらせることはできません。
命に関わることだからこそ、都合の悪い情報も含めて公正に検証しなければなりません。
リスク説明はあったのか?
本当に問うべきなのは、誰かを責めることだけではありません。
なぜ十分な説明がなされなかったのか。
なぜ被害の可能性が軽く扱われたのか。
なぜ苦しんでいる人たちが、ここまで長く声を上げ続けなければならないのか。
この問いから目をそらしてはいけません。
亡くなられた少年の命は、決して軽いものではありません。
被害は数字じゃない
たった一人の子どもの人生であっても、その重みは社会全体で受け止めるべきものです。
ご家族の悲しみを前にして、私たちは無関心でいることはできません。
むしろ、その悲しみをきっかけに、「何を変えるべきか」を真剣に考えなければなりません。
私は、ワクチン健康被害を訴える人たちが、これ以上切り捨てられる社会であってほしくありません。
被害者を守る制度があるなら、実際に使えるようにしなければ意味がありません。
相談窓口があるなら、たらい回しにせず、救済につながるものでなければなりません。
情報公開があるなら、都合のいい部分だけでなく、不都合な事実も含めて示されるべきです。
現実に目を向けて
沈黙は、被害を消しません。
むしろ、被害を見えなくすることで、次の被害を生みます。
だからこそ、私たちは書き続け、話し続け、記録し続けなければなりません。
一人の命を忘れないことは、同じ悲しみを未来に残さないための第一歩です。
どうか、この死を「終わった出来事」にしないでください。
どうか、被害を訴える人たちの声を、最初からなかったものにしないでください。
どうか、亡くなられた少年とご遺族の悲しみを、社会の責任として受け止めてください。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
そして、同じ悲しみが二度と繰り返されない社会を、私たちは本気で作らなければなりません。

