審査請求で久しぶりに怒っちゃった...

「不支給」と言われた。でも、審査請求の入口で止まった

新型コロナワクチン健康被害救済制度で、私が実際に経験したこと

「否認」という通知が届いた。

そこから私は、諦めずに審査請求をすることにしました。

自分の症状が本当にワクチンによるものなのか。
それを行政にもう一度、資料を見てもらいたい。

ただ、それだけでした。

ところが、手続きを進める中で、思いもよらないところで止まりました。

厚生労働大臣から「否認」の通知

私が申請していたのは、医療費・医療手当です。

申請疾病は線維筋痛症。

令和8年6月19日付で、厚生労働大臣名の通知が城里町長宛てに出されました。

そこには、

「当該疾病が予防接種によって引き起こされるとは考え難く、当該予防接種が原因ではないと考えられる。」

と記載されていました。

また、過敏性腸症候群及び腹痛症については、

「資料が不足しており、医学的判断が不可能」

という理由でした。

私は、この判断に納得できませんでした。

なぜなら、私には接種前後の診療記録が残っているからです。

私には「接種後」の記録が残っている

例えば、2回目接種は2021年6月11日。

その10日後の6月21日の診療録には、

「2回目を6/11に接種し、その後高熱が出た」

と記録されています。

その後も胸部症状などが続き、循環器内科で経過観察を受けていました。

そして2024年には、線維筋痛症と診断されました。

さらに2024年10月15日の循環器内科の診療録には、

「線維筋痛症とワクチン接種の因果関係は少なからず否定はできない」

という担当医の所見も残っています。

もちろん、私は、

「線維筋痛症はワクチンの副反応として医学的に確立している」

と単純に主張しているわけではありません。

そうではなく、

私自身に実際に何が起きたのかを、接種前後の経過と診療記録に基づいて評価してほしい。

そう求めています。

だから審査請求をすることにした

私は、厚生労働省の判断をそのまま受け入れるのではなく、行政不服審査の手続きを利用することにしました。

城里町からは、審査請求の提出先として茨城県の疾病対策課を案内されました。

そこで私は審査請求書を作成し、県庁へ提出しました。

「これで、もう一度きちんと見てもらえる」

そう思っていました。

ところが。

「町の不支給決定通知書がありません」

県から返ってきたのは、医学的な反論に対する回答ではありませんでした。

城里町から私に対する不支給決定通知書が出されていないため、審査請求をそのまま進めることができない。

というものでした。

つまり私は、

「不支給だから不服があります。もう一度審査してください」

と審査請求を出したのに、

その前提となる市町村長による正式な不支給決定の通知が、私のところに存在していなかったのです。

ここで疑問が生まれました

厚生労働大臣からは「否認」の通知が来ている。

しかし、審査請求の対象となる市町村長の「不支給決定通知書」は、私には交付されていない。

では、

私は一体、いつから審査請求をすればよかったのでしょうか?

そして、

なぜ町から不支給決定通知書が交付されていない状態で、私は県への審査請求を案内されたのでしょうか?

これは、単なる書類の行き違いとして片付けてよい問題なのでしょうか。

私は県と町に苦情を伝えました

私は今回の件について、茨城県と城里町に対して苦情を伝えました。

私は行政を責めたいわけではありません。

ただ、

制度を利用する側に手続上の不利益が生じないようにしてほしい。

それだけです。

健康被害を訴えている人は、すでに身体的にも精神的にも、そして経済的にも大きな負担を抱えています。

私自身も、診断書や証明書の取得、カルテの開示請求などに費用がかかりました。

さらに2024年7月には、それまで続けていた介護職を続けることが難しくなり、退職して他部署へ移りました。

当然、収入も減りました。

その状態で、何度も医療機関に資料をお願いし、書類を集め、行政に申請し、さらに審査請求の準備をしています。

それでも、

「もう一度見てほしい」

という気持ちは変わりません。

私が求めているのは「特別扱い」ではありません

ここは、はっきり書いておきたいと思います。

私は、

「自分がかわいそうだから認定してほしい」

と言っているわけではありません。

また、

「線維筋痛症という病名だから認定してほしい」

ということでもありません。

私が求めているのは、

私に実際に起きた経過と医学的資料を、一つひとつ確認した上で判断してほしい。

ということです。

接種前の状態。

接種後の発熱。

倦怠感。

その後に続いた症状。

胸部症状。

全身痛。

線維筋痛症の診断。

担当医の所見。

こうした資料があります。

それらを全部見た上で、

「それでも因果関係は認められない」

というのであれば、その理由を具体的に示してほしい。

私はそう思っています。

今回、私が一番伝えたいこと

今回の経験で、私は一つのことを強く感じました。

健康被害救済制度は、申請して終わりではありません。

資料を集める。

診断書を取る。

カルテを開示する。

行政に提出する。

結果を待つ。

そして、否認されたら、その理由を確認する。

必要なら不服を申し立てる。

その一つひとつを、本人がやらなければなりません。

しかも、体調が悪い中で。

だからこそ、行政側には、

「どの段階で、誰が、何を決定し、本人には何を通知するのか」

を明確にしてほしいと思います。

私は、ここで終わらせません

今回、審査請求は一度差し戻されました。

でも、これは私にとって「終わり」ではありません。

むしろ、

なぜ審査請求の入口で止まったのか。

そこから確認していきます。

正式な不支給決定がいつ行われたのか。

なぜ通知書が交付されていなかったのか。

審査請求の期間はいつから始まるのか。

そして、私の医学的資料がどのように評価されたのか。

一つずつ確認していきます。

私は専門家ではありません。

法律も医学も、最初から分かっていたわけではありません。

それでも、自分の身体に起きたことを、自分自身で記録し、資料を集め、行政に問い続けることはできます。

「分からないから諦める」のではなく、「分からないから確認する」。

今は、その気持ちで進んでいます。

同じように健康被害救済制度を利用している方にとって、今回の私の経験が、少しでも手続きの参考になればと思います。

※この記事は私自身の申請・審査請求の経過を記録したものであり、個別の法律・医学的判断を示すものではありません。制度の具体的な取扱いについては、各自治体・都道府県等の窓口への確認をおすすめします。

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